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40歳で人付き合いをリセットしました

毒親・友達なし・引きこもり・人生折り返しの四十路がちらしの裏に殴り書き気分でありのままを綴ります

現在のアルバイト

鬱で虚弱体質な四十路

最近は更年期障害も足されてきているような

働く気はない

けれど アルバイトをしている

性格には 一般的にはアルバイトと認めらぬような行為を アルバイトだと思って
取り組んでいる

収入はまちまち

 

夫のプライドの為 暮らしは夫に支えられている事になっているけれど
実はそうではない

2,3割は 四十路のアルバイトで支えているし

自分の物や必要な衣類は全て アルバイト代から支払っている

 

夫は今崖っぷちなようで 今日も督促状が来た

もう いつ どうなるか わからないな

アルバイトの思い出

高校に入学してから アルバイトをしてみたいと思いだした

 

毒親が女子高生が満足できる額のお小遣いをくれる訳もなく

 

それでも 村みたいな町から 初めての バスと電車を通学が出来る身になり 

少しだけ自由が手に入れられたような気分で 嬉しかった

 

新しい友達も ファーストフードやファミリーレストラン ガソリンスタンド

中には まだ今ほど厳しくなかったので 地元の居酒屋で夜だけバイトしてる子もいた

 

毒母は また 細かい条件をつけてくる

 

お酒を扱う店は 一切禁止

 

それがたとえ ファミリーレストランであっても

 

当然 ガソリンスタンドや居酒屋なんで問題外な訳で

その上 ファミリ―レストランを禁止されたら

村のような町でのアルバイト先もなくなる

 

近所の 

近所と言っても バスで20分位の 和食ファミリーレストランで アルバイトをしてみたいと伝えたけれど 反対されたので

 

勝手に電話をして 面接のお願いをした

 

約束の日 学校帰りに履歴書を握りしめて 面接へ向かう

 

面接室に通されるなり

 

「 あ~

四十路さんね

 

さっきお母さんから電話をもらってね

 

うちの娘が面接にいくだろうが 落としてくれって言われてるの

 

ごめんね」

 

顔から火が出そうになった

 

ろくな小遣いもくれず

自分でファミレスでバイトをしたいと言い出した 16歳の娘の 面接阻止

 

毒母がいかにもやりそうな事だ

 

恥ずかしいやら

情けないやら

 

その日は帰路につく

 

田舎の暗くて貧しい家が

いつも以上に貧しく暗く 見えたっけ

 

四十路は 貧しく 変な親がいるだけではなくて

自由すらないんだな

 

あの時点で 自分に幸せになれる権利なんて 

産まれながらにない気がしていた

低迷中

今朝 主人と喧嘩をしたからなのか

 

なんだか一日冴えなかったのです

 

今週に上の子の保護者会があるのも 気が滅入る原因の一つなのかも

そっちのママ友は複雑で もう一人でいたい

 

でも連絡をしなければしないで 年配ママが確実に臍をまげて面倒そうです

 

 

主人とは口論ばかり

 

四十路には親所か 肉親もいないも同然なんだから

もっとうまく機嫌を取らないと と 思いつつ

彼の勝手な所と 切れやすい性格が許せなくて 応戦してしまい 後悔

 

どこの馬の骨ともわからない 四十路を嫁にしてくれたのだから

もっと 上手に賢く生きないと 

 

頭では解っているけれど なかなか実行出来ない

 

まずは毒親連鎖をしないように 子供達との接し方で日々悩み いっぱい いっぱい

 

貧困も

毒親も

不幸も

連鎖する

 

それを必死で断ち切りたかった 四十路は

必死で一人で生きてきた

やれる事はなんでもやってきた

 

 

その不幸な連鎖は 四十路の代で必ず断ち切らねばならない

一瞬でも油断をすると 連鎖し兼ねない

 

子供達には そんな思いは絶対にさせられない

 

 

 

 

あたしは悪い子

幼い頃 

母が四十路を叩くのも

父が四十路を蹴る事も

 

毎日イライラして怒鳴られる事も

 

何か気に食わない事をしてしまったら 1時間も2時間も必死に誤り続ける事も

 

すべて あたしは悪い子だから しかたないんだ

なんで あたしは良い子じゃないんだろう

 

そんな風に思っていた

 

高校生になると 視野が広がり 他の家庭を見る機会も増えて

四十路が悪い子なのではなく 両親がおかしい

薄らと気付き始める

 

その頃から 四十路は隠れて 悪い事ばかりをするようになる

あたしは悪い子だから怒られるんだ 耐えていた少女時代から一転して

進んで悪い事をするようになり 本当の悪い子になってしまった

 

ずっと虐げられていて 自分を大切にする方法なんてわからないから

隠れて 言えないような事ばかりしていた

当時 ばれたら どうなるなんて まったく考えなかった

でも 心は確実に擦り切れていた 

 

あの頃の四十路にあって 今のあたしが抱きしめてあげたい

 

あれから数十年がたち

 

大人になり 家庭を持ち うちの親はおかしい

もう何も求めない上で 出来る範囲のお礼をして行こう

長年そう考えていたのに 昨年それも終わりを迎えた

 

親と事実上の絶縁をして 

 

とてもスッキリした

 

された事

言われた事

今でも苦しんでいる事

 

初めて伝えられたから

 

もう これで全てを終わりにしたい

 

親の顔なんて2度と見たくもない

 

 

絶縁まで③

自分のされてきた事

悲しかった事

 

もっと愛されたかった事

褒められたかった事

 

親にぶちまけたのは初めて

言い出したらキリがない

 

実の親子なら何を言っても良い

やっても良い

 

 

それが許せなかった

 

母からの返信

 

「不器用な父さんの精一杯の歩みよりだと思います

私達はもう年です

 

今度子供たちの洋服でも送ります

 

あなたも家族で仲良く幸せに」

 

あんたにだけは言われたくない

 

四十路の幼い頃 我が家に記念日だとか誕生日だとかはなかった

毎日母はイライラしていて

自分はもっと勉強も出来て大学に行って立派な仕事についている筈が

実父が勉強をしていると許さなかっただの

父とは不仲で父への不満

離婚するだの 内職を投げられただの

毎日文句を垂れ流して生きていた

 

家族で仲良く幸せ なんて モデルケースがないのだから未だに試行錯誤している

 

その後 3回位 安い通販の子供服が届いた

タイツ1足とか

上着1枚とかだけど

 

届くたびに 末っ子から お礼の電話だけさせた

 

3回目にタイツが一足届いたのを見て もう嫌になった

全てが

 

再度 幼い頃から嫌だったことを全て伝えて

もうこれ以上傷付けられたくない旨を伝え

 

四十路は生活能力を持たぬ 幼い頃から 出ていけと

殴られたり 蹴り上げられたりしていた

 

もう存在しないと思って欲しいと付け加えた

 

もう2度と会うつもりはない

事実上の絶縁

 

親に対して 全てをぶちまけたのは初めてだったので

少しすっきりした

 

 

 

絶縁まで②

父からのメールを見たときに

 

我慢していた物が完全に壊れたようで

 

涙が拭いても拭いても出てくる

暫くして声をあげてわんわんと泣く

 

スマホを握りしめて

 

「感情的にメールを送ってこないで下さい

こちらこそもう2度とお世話になる事はありません」

 

送り返した

 

もうこの時点で 2度と会いたくないと思った

色々と言ってやりたいことはあったけれど

老い先短い両親に 文句を言っても仕方がない そうおもってずっと我慢していたのに

 

 

その2週間後に 父からのメール

 

「お互い意地をはってもここらで和解としよう」

 

本気でバカなんじゃないかと思った

 

何故こんな親の元に産まれたのだろうか

 

父ではなく 母にメールを送る

 

幼少期の虐待とも言える暴力

毎日ヒステリックでイライラして当たられたこと

許せない発言の数々

 

幾らでも出てくるけれど ほんの一部を送って

 

四十路にとっては今回の事は 意地を張るとかの次元の問題ではない事も送る

 

実はこの時に 親に初めて この話をした

絶縁まで①

幼少期を思い起こせば 両親から 叩かれたこと 罵られたこと

貧しかったこと そんなことばかりを思い出す

 

とは言え 四十路も3人の子を持つ親となり

 

あの人達も 貧しい中必死に四十路を育ててくれたのであろう

老い先短い彼等に 愚痴を言うより 四十路の出来るかたちで親孝行をしようと考えて

少ないながら小遣いをやったり 旅行のプレゼントをしたり 3人の孫とも定期的に交流をもたせていた

 

ただ 所々に支配的で勝手な発言を挟んできたり

 

何より辛いのは子育てを通じて 自分のされてきた事が見事に蘇る事

 

何故こんなに可愛い存在の子供に 往復ビンタを日常茶飯事にしたり

毎日イライラとヒステリックに当たり散らしたり

生活能力も持たない幼少期から 出ていけと蹴飛ばしたり

帰りのバスが混んでいて帰宅時間に5分遅れて 必死に走った四十路にお湯をかけたり

 

どうしてこんな事が出来たの ??

 

自分が子供を育てながら 似たようなシーンに当たるたびに された事がフラッシュバックする

 

それでも両親を責めた事はない

何であれ親なのだもの

 

苦しくない距離を取り 出来る事はしようと誓っていた

 

まわりの人々の口から洩れる 

 

実家天国 出産後の里帰り

マイホーム購入時の頭金の手助け 

子供への教育資金贈与

母とお茶をした

母にプレゼントを貰った

母と旅行に行った

 

どれもこれも 四十路の身には起こる事のない羨ましい経験だけれど

そこはスッキリ諦めて期待もせず

自分は自分

自分に出来る範囲の親孝行をしようと考えて生きてきた

 

昨年末 とうとうそれが壊れる

 

父が末っ子を預かりたいだかの偉そうな上から目線のメールをよこしてきた

これもいつもの事なので 親は子供より偉いは絶対の人なので そこには反論していない

 

所が以前 母と四十路の間でその日は末っ子はあずかれないと言っていた日に 急遽父の都合がよくなったようで 前日に預かると決定した旨の連絡がきた

 

すでに末っ子の予定はうまっていたので

 

その日はお稽古があるので無理

突然言われてもこちらにも予定があるから少し考えてね

 

このメールを見て父は突然 

 

「えらそうにするな

お前は2度とうちに来るな

 

それと母さんが入院した時に 全く見舞いにこない

くるなといっても 本来ならば来るべきじゃないのか

とにかく2度と連絡もくれるな!!

 

四十路はこのメールを見た途端

今までの我慢していた気持ちが一気に壊れ

 

もう無理だと思った